今年の作品群

縫い縫い記録。

 

甚平2016(サイズ90)

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あきなしのTブラウス(婦人M)

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アンダードレス(婦人M)

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ワイドパンツ(7〜9フリー) 

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ヒッコリーの裏を表に。 

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綿麻ストライプのブラウス(婦人M)

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簡単シャツとサルエル風パンツのセット(サイズ90)

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 シャツとポケットはディズニー柄のダブルガーゼ。

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ストレッチベネシャンのゴム長パンツ(婦人M)

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なんだかんだけっこう縫っています。

香田あおいさんのパターン本が今年のお気に入り。

『作りたいのはすっきり見える服』

https://www.amazon.co.jp/dp/4579114876/ref=cm_sw_r_oth_api_V7BRxbR10TKG0

アンダードレス、ワイドパンツ、ストライプのブラウス、長パンツの4点がこの本から。

秋冬の本も持っています。

ボタンホールができないので(ジグザクミシンがうまく動かない)そこをなんとかしないとかぶりの服しか縫えません(笑)

私的じゃぽにずむ

「コンサートに和服で行ってみたい」というのが何年か前からの薄い願望だった。

和服なんて一昨年の留袖@長男結婚式くらいでしか着てないが、簡単なものなら自分で着られるし、なんか粋じゃないか?と。
 
今回のアルバムがじゃぽにずむということで、すわ、これは和服参戦のチャンス到来?!( ̄¨ ̄)⁼³₌₃と古着屋に物色に行ったが、草履を履いてあの道のり(JR駅からナゴヤドームまで)を歩くのかと考えて断念した。
若い子なら和服でブーツなんてのもちょっと可愛いけどこの年でそれはナイ。
 
…ならば和服をリメイクした服を作ろうじゃないか。
その昔ぬいぬい星人だった記憶にうっかり火を点けてしまった。
以下、私的キロク。
 
 
9/28 ぽぷこんぶりでナゴヤドーム当選
9/29 入金
 
10/12 リサイクルショップで790円の着物を購入
 
10/14 参考書を買う
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10/17 解体
10/17 解体完了(めがしょぼしょぼ)
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*この時点で1枚パターンを引いていたがMVを観て引き直すことになる
 
10/19 チケット到着
10/20 じゃぽにずむフラゲ
 
先に引いていたパターンがにのみやさんのインナーにかなり似ていたので組み立てなおす。
翔さんの衣裳の意匠(←押韻w)を少し取り入れたデザインにする。
 
10/23 裁断
 
10/24 付属品(裏地、接着芯など)を買い足す。表地790円なのに裏地が1049円(笑)
 
10/24〜 ひたすら縫う
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10/28 手縫いと闘う(the ROGAN)
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10/30 ジャケットがボタンつけを残して完成したので色気を出してバッグのパターンを引く
 
10/31 バッグを縫う
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10/31 ボタンを買いに行く(4個で303円。TOKAI万歳)
 
10/31 バッグ完成
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11/1 ジャケットのボタンつけ完了、すべて完成
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(光ってますな)
 
 
その昔、子どもたちの七五三と入学式の式服は自分で縫ったが、だいたい取りかかりが遅くて前夜半徹でどうにか仕上げ当日はヨレヨレというのが定番であった。
それを思うと1週間前に完成できただけでも自分を褒めてやりたい(笑)
 
和服を解体する作業がいちばん大変だった。
裁断したあとは、とにかく生地がどんどんほつれてくるので一気に縫うしかなく、先週末はほとんどミシンに向かっていた。
 
シュプールくん(職業用、直線縫いのみ)はなんとかご機嫌麗しく順調に縫えたが、ロックミシンはおそらくフルメンテが必要(起動もしてないが)、家庭用ジグザグミシンは古すぎて音がすごい(しかも中古で買ってボタンホールしか使ってないからよくわからないw)ということで、裏付き・ボタンはループ留めと相成った。
某パンドラさんのはがきにロックミシン30000円くらいのが載ってたので俄然欲しくなっている…(やめとけ)
 
 
さて私のじゃぽにずむ初日かつ最終日(1公演のみのため)は1週間後の日曜日。
グッズの見ためを気にしつつ、体調整えていざ名古屋!
 

嵐の最終兵器は

今日の嵐ヲタ的ホットな話題は年賀ハガキの5人と相葉さんのメルセデス、FUNKYダンス再び、そしてグッズの合計金額(笑)と、なかなかに忙しい日であった。

中でも感興を覚えたのは相葉さんのメルセデス

好きな車種(買えないけど)のCMということもあるが、ジャニーズ初の外車CM、そしてメルセデス的にも日本人タレントの起用は初というニュースが目を引いた。

嵐さん的車のCMといえば、「トヨタ3年分ください」の若くてかわいい翔さん(わりと短期間しかオンエアされなかったような)と、いろいろな趣向で楽しませてくれた日産が記憶に残るが、今回は相葉さんソロでしかもメルセデスという世界的に名の通ったブランド。

ちらほらと流れてくる映像を見ると、長い手足を存分に生かしたとてもかっこいいCMに仕上がっているようである。

(葉担(仮)のムスメにメルセデスCMの話をしたら「買えない!」とキレられたが)

 

思えば昨年の今ごろ、初単独主演の映画公開を前にしたあたりからだろうか、相葉さんの存在感は(世間一般にも)急激に大きくなっている気がする。

長年子どもにも人気のある番組に出演していることもあり、知名度は決して低くないはずの相葉さんだが、失礼ながらずっと「どこか自信なさげ」で「どことなくすわりが悪そう」な感じに見えていた。バラエティやコンサートで見せる”照れ”も、かわいいけれど何かもったいない気がしていた。

 

昨年のハワイで、病気でファンイベントの時にステージで歌えなかったという、彼の内なる忘れものを取り戻すことができたのだろうか。

いくつかの主演ドラマを経てつかんだ主演映画は大評判だった。

昨年のツアーでは完全に迷いを吹っ切って恥ずかしさを丸め込んでDiscoStar様という新キャラを確立し、他担をも、そしてメンバーまでも虜にした。

嵐の中では3人目の月9主演も果たした。

家族そろって見る視聴者が多いはずの単独バラエティも好調だ。

 

いつからだろう。

相葉さんから漲る自信を感じるようになったのは。

「嵐の最終兵器はあいばまさき…」

そう思うようになったのは今年の前半くらいだったと思う。

葉担さんが周囲にいるからそう思えるというわけではないだろう、と確信するほど、とにかく相葉さんの「あいばまさき」ポジション確立のされ方が最近著しい。

ほかの4人とは少し違う、そしてほかの4人から遅れも見劣りもしない、相葉さんだけのアイドル像が見える。

楽しくなるために笑顔を作り、すべての人に気を配り、少し人見知りで、でも相手のふところにすっと入る懐き方を知っていて。

 

そんな最終兵器の新作ソロは、予想の斜め上を行くMr.FUNKさん。

もはや期待しかないのは、間違いないだろう。

自信と経験を積んでますますいい男になっていく相葉さんがどんな世界を見せてくれるのか、非常に楽しみだ。

 

*ちなみに私の思うところの大野さんは、嵐の秘密兵器である。

私的子育て論

私は同年代の中では比較的早いうちに結婚出産を経験したので、2人の子どもは既に成人しており、子育てはほぼ終盤に差し掛かった感がある。
他方、ネットや実生活で知り合う方はまだまだ子育て最盛期(違)のママさんが多い。
お子さんの年代なりの悩みや迷いを目にして、少し懐かしいような淋しいような気持ちになることもある。
教育や躾に関しては、もちろんそれぞれのご家庭の方針があり、お子さんの個性があるので、私なぞが口出しするものではないが、それでも「誰にでも共通する」のでは?と思える子育てのベースのようなものがあるので、誰かの参考になることがあればとここに記しておく。

①子育ては、「子どもを育てる」のではなく、「子どもを、自立した大人に育てる」ということ。
②我が子に「自分以上」を求めない。
③段階的に子どもから離れる。
④子どもをコントロールし続けない。
⑤「いい親」と思われたい欲求は時に子どものためにならない。

便宜的に番号を振ったがどれも重なる部分があると思っているのでざっくり説明する。

子どもはいつまでも子どもではいられない。
いつか成人し、(多くの場合)いつか社会人になる。
いつまでもママを甘えて頼るかわいい子どもでいさせることはできない。
いつまでも親が道を拓いてやることもできない。
なにか問題があったとき、親がすべてを解決してやることはできない。

PTA総会のあいさつで保護者に話したこと。
生まれたときは胸に抱き、歩き始めたら手をつなぎ、小さいときはずっとそばで見守り、少しずつ子どもから手を離していく、でも心は寄り添い続ける。
自由に出歩くようになっても、放任ではなくちゃんと気持ちは子どもに向けておくこと。離れて暮らし始めたら、時々でも思い出すこと。

反抗期のあるなしや程度は個人差だが、どこかで子どもが親を越える(子どもから見て)時期が必要なのだと思う。
親を馬鹿にするというのではなく、すべてにおいて自分よりも上の存在で、子どもにとっては世界の全てのようであった親が実はそうではない、親も欠点や無知のあるひとりの人間なのだと悟り、それを認める。
(と同時に自分以外のすべての人がそうであると知ること)(←他人に完璧を求める人が多い気がしている)

子どもさんの成績や宿題、習い事、生活習慣等々に頭を悩ませる親御さんも多いだろう。
基本的には、自分が期待したほどできなかったら「まぁ、私の子だからしょうがない」と思えばいいし、予想以上にできがよかったら「私の子なのにすごいな」と思えばいい。
周りで子どもの(特に成績や進路で)イライラしていた友人はたいがい我が子に「自分以上」を求めていた。
曰く、自分が受験で失敗したから子どもには失敗させたくない。自分の出身大学より低いレベルの学校に行って欲しくない…等々。
受験で失敗してもその結果入った学校が思いのほかマッチしてるかもしれないし、大学のレベルなんてあくまで数値の上のこと、だいたい時代が変わればランクも変わるのだからナンセンスだ。
成績がいいか悪いかに一喜一憂するよりも、本人が頑張ったかどうか(頑張ったのにダメだったとか頑張れなかったとか頑張ったからよかったとか)を聞いた方がいい。
私は基本的に成績表を受け取ったら「おつかれさん!」と言って反応を見ていた。
成績が悪くて叱っても勉強をようなはならない。
親が親になってもなにか調べたり読んだりしている姿を見せる方がよほど効果がある。
だって学んでいかなければならないことはいくつになってもあるのだから、学ぶ習慣の方がそのときのテストの点数よりも大事だ。

小学校に入ると、毎日時間割を揃えて忘れ物がないように見てあげてください、と言われることが多いと思うが、私は声をかける程度でほとんど見てやらなかった。翌日忘れ物に気付いても、米飯以外は届けなかった。
忘れ物をすると困る、と本人が思わなければ、きちんと支度するようにはならないだろうと思っていたからだ。(先生的には迷惑だろうが)
ついでに本読みもロクに聞かずサインだけしていた(おい)
私は先生に「いい親」と思われたいという願望が全くなかったので、たとえ先生の指示でも理解不能なことにはほとんど従わなかった。
娘が中学で執拗な嫌がらせをうけたときには、担任から(娘の)ものの言い方がキツいからでは、ご家庭で指導をと言われたが、授業を妨害する男子に文句を言うのは間違いではないはず、言い方云々ではない、と反論した。(そもそも指導しきれないでいたのは学校側)←一人二人じゃなかったからね


長男は昨日27になった。
大学2年から嫁ちゃんと付き合い始め、卒業後一度お別れしたけど間もなく復活してすぐに結婚を決めた。
プロポーズしてからの事後報告。
そして結婚式準備のあれこれで初めて"本家"の一人娘だと知った(笑)
この話をすると、長男なのに一人娘と結婚させたの?とか、付き合い始めた時点でなぜ聞かなかったの?とか言われる。
嫁ちゃんとは彼らが20歳のときに初めて会ったが、私的には一目惚れに近いくらいお気に入りの子だったから、この子と結婚したらいいな、とは思っていたけど、どんな家庭でどんな親で、といういわゆる条件は全く気にしなかったのだ。
だって条件が整ってるから好きになるわけじゃないもの。
ここはまだまだ田舎だから、男子(特に長男)は跡取りという意識が強いのかもしれない。
ウチは継いでもらうものなど何一つない。
もしも親から見て残念なパートナーを選んだら、異性を見る目を育てなかった親の責任と思うしかない。

長女が小学生のとき、PTAのクラス懇談で自説を展開して「ウチはこれで子育て成功してます。皆さんもどうぞ」と言い放ったお母さんがいた。
彼女は子どものコントロールに成功していたにすぎない、と思う。
子育ての結果なんてそんなに簡単には見えない。
育てた子がその子どもを育てるくらいの年齢になってやっと、まぁまぁ成功したかなとかちょっと斜めになったなとかわかるくらいだろう、と私は思っている。
その観点でいうと、長男はまぁまぁで、長女は時々横道にはまっている最中…かな。
生物的?に女親は男の子が可愛いのはわりとノーマルで、そういう意味で長男は可愛くて、ちょっとダメなところ満載の長女は、ダメな子ほど可愛い理論でまた違う可愛さがあるので、うまいことできてるなぁと思う今日この頃である。

【私的覚書】甚平の襟付け洋裁風味

こんなこと(どんな)になるずっと昔、まだ家にこもる主婦だったころ、私は洋裁クラスタだった。
姪が生まれる前から縫い始めたのでなんともう28年である。
(姪が28歳という事実に、いまちょっと愕然としている…二次元ヲタかつゲーマー…)

ミシンは独身の頃から使っていたので、下手ながらも姪の服を縫い、程なくして自分も身籠ったので、産着やらマタニティやらお宮参りのドレスやらを縫っていた。
生まれた第一子は男の子だったが、なかなかフォトジェニックで女の子顏だったので、友人の子に縫ったフリフリピンクのロンパースを着せて記念撮影して遊んでいた(をい)
6年後に生まれた娘は対して男の子顏で、とにかくフリルが似合わない。
シンプルかつ女の子に見える服を基本コンセプトに、当時人気だった雑誌を教科書代わりに、とにかく縫った。
縫い縫い人生を終えることになったのは、娘小4でPTA活動を始め、そのうち仕事も始めて、絶望的に家にいる時間がなくなったからで、と言っているうちにROGANが始まりミシン針に糸を通すのも辛くなった。
(家庭用とロックには自動糸通しがあるが、メインで使う職業用にはついていない)
娘が大きくなって布も裁断する場所も嵩張るようになったこともあり(ちょっとした隙間に切って縫ってができない)ほとんど縫わなくなった。
それから縫ったものはほんのわずか、なんなら雑巾くらい。


…前置きが長くなったが、まぁそんな感じで元々が縫い縫い星人なので、昨年長男夫婦に子(つまり孫)が生まれてから、なにかしら縫いたくてウズウズしていた。
ミシンを出してメンテしてという気力は取りあえずないので(笑)、手縫いでいけるもの、と考え、そうだ長男0歳のころ手ぬぐいで甚平を縫ったなと思い出し、まずは手ぬぐいを買った。
私が精力的に縫い縫いしていたころは、雑誌とわずかなネットショップが頼りで、型紙は買うか雑誌の付録を写すか自分で製図するか、だっのだが、いまはいろんなブログで無料配布しているのを知って驚く。
今回いただいたのはこちらのパターン。
A4で印刷して貼り合わせて使用。
手ぬぐいは耳の部分をそのまま使えて縫い代処理が少なくて済むので、小さい子の甚平にはもってこい。

久しぶりに裁ちばさみを出し、チャコを探し、待ち針は錆びていたので買い替え、お盆休みにやっとチクチク開始。
…夏が終わるぜ☆

パターンをいただいたブログさんの作り方を参考に途中まで縫っていたのだが、いくつか「?」と思うところがあったので覚書。
本当の和裁の縫い方とは多分違う邪道だとは思うが、手縫いでもミシンでもこのやり方だとわりときれいに襟が付くはず。

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斜めに見えているのはおくみ部分。
長めに裁断した襟布を襟ぐりに縫い付けた状態で、襟先を縫い線から5mm離したところ(縫い針を横に留めた位置)で縫う。
襟布の縫い合わせてない方の縫い代は、折らずに平らなまま縫うのがポイント。
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縫い代1cm残して余りはカット。
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縫い代を身ごろ側に折って表に返す。
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襟布の縫い合わせてないほうの縫い代を出来上がりに折る。アイロンがベターだけど横着な私は爪でなんとかする…。
襟先の縫い代を、3枚目画像で折った部分にかぶせるようにして中に入れる。
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このようになればOK。
襟先を縫い合わせ線ギリギリにしてしまうと、縫い代にうまくかぶせられず、つってしまう。
表から見ると
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こんなかんじ。
この状態で襟を整えてくける。

このブログさんでは結び紐は綿テープを後付けしていたが、表に出る部分だけでも共紐にするときれい。
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ついでに、脇縫いと襟付けの時に縫い込むとベター。
縫う順番も、襟は全体が平らな方が縫いやすいので、おくみ付け→襟付け→脇縫い→袖付け→肩あげの方が楽かも。


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というわけで縫い上がった甚平がこちら。
パンツの股ぐりは色を合わせた市販のバイヤステープ(両折)を使用。
カーブのきつい股ぐりには、直線裁ちの共生地より、伸びるバイヤステープの方が縫いやすい気がする。


以上、この先2度目があるかどうかわからないが、備忘録を兼ねて。

言い訳する大人

私の職場は未だに昭和臭の漂う平均年齢高めの営業所で、取引先は林業関係や土木関係の会社と団体が主である。
そんな昭和な会社で昨年異動があり、私が担当する営業3人のうちの1人(A氏としよう)が同じ市内にある本店に移ることになった。もともとその仕事をしていたおじさんが退職したためである。
こちらは欠員になるのだが人員補充が遅れに遅れ(上がなかなか動かなかったので)、A氏が新しい仕事に忙殺されている中でやっと新人が入った。
A氏はアラフォーだがほか3人の営業のうち2人が60代、残る1人も50代半ばという高齢化会社なので、今後のことも踏まえて3人の新人が採用され、A氏の営業先を引き継ぐことになったのがA氏と同い年のB氏、前職は某黒っぽい飲食チェーン店の社員。
A氏があまりに忙しく、新たな担当エリアがまるで逆方向なのもあって、B氏への引き継ぎはロクにできず、場所だけは教えてもらってあとは電話で指示を受けて動く、という形になってしまった。
一緒に採用された2人は、60代営業にそれぞれ付いて仕事をする形で、まぁそれはそれで、1人は問題のある60代なのでそこに付けられた新人(これもアラフォー)はかなり苛められしんどい日々を送っているのだが、なんとかんとかがんばっている。

B氏が引き継いだ取引先はとても交通の便が悪く、店舗もないようなエリアもあるので、なかば便利屋状態で、我が社の取り扱いのない品物もよく頼まれ、探して探して納品するということが多い。
ほかの営業はノータッチで聞いても分からないので、私がフォローするしかないだろうと、かなり神経を使い時間も割いてB氏のサポートをしてきた、つもりだった。
ところでこのB氏、わりと感情が顔に出やすく、なにか困ってるなと横から助言するとうるさそうな顔をしたりムッとしたり、わかってますとか大丈夫ですとか口癖のように言う。
それは客先でも出てしまうようで、入社そうそう、ちょっと無理な依頼をされた客先であからさまに態度に出したらしく、A氏に速攻でクレームが入ったこともあった。
そのくせ言いにくいことをなかなか言わない。
客先から前回と同額でと言われた商品がとても営業努力で吸収できないレベルで値上がりして、その金額では厳しいから話してきてくださいと言っても、「まだ話してません」「事務所にいなかったので」とズルズル引き延ばす。
電話で話せるだろうに…と思いながらギリギリまで待ち、仕入れ先に無理を言って急遽納品、という事態も何度かあった。

そんなB氏の取引先、今年の頭くらいからどうも支払い状況がよくない。
担当者が変わったとはいえそれまできちんと支払ってくれた企業まで遅れていたので、2月ごろ、未入金リストを渡して、どうやって回収するのかわからないというから、A氏に相談するように話をした。

だがしかし、彼は実質何もしていなかった。
それどころではない、なんと昨年の9月〆分から請求書を渡していない客先がいくつもあったのだ。
昨年の9月といえば、ハワイのパブリックビューイングと重なった週末、土曜日なら余ってるよと何人か声をかけてもらったのに、請求書出さなければいけないから休めないと断って、日曜日は見つからなくて、結果見られなかった哀しい想い出のある〆日である。
もはやこれは私怨だが、本気で泣きながら出勤して必死で整えた請求書を届けてないなんて、もう脱力するしかない。
もちろん9月だけでなくそれ以降も渡してない客先がゴロゴロあり、6月頭にA氏が客先に詫びを入れて支払いの確約を取ったのにも関わらず6月分も渡していなかった、というありさま。
基本請求書は営業が持参するか郵送なので、6月分は3回ほど「送る分はこちらに渡してください」と声をかけたが、「まだ見てないので」「明日やります」と1週間寝かせた挙句に持ち出して、でも実は届けていなかったのだ。
あちこち頭を下げて回ったA氏も私も怒り心頭。
ついには1社もう支払わないと通告される事態となり、A氏とうちの営業所だけでは収められなくなって、社長に報告せざるを得なくなった。

社長の激昂ぶりは火を見るよりも明らかで、当初は本店の若手と入れ替えると言っていたが、結局そのままA氏がもう少しフォローする形でB氏が継続することになった。
しかしこのB氏、「なんで請求書持ってかなかった?」と聞かれると「どうすればいいのかわからなかった」と答え、「何が不満?」と聞かれると「僕だけ上の人(教えてくれる営業)がいない」「誰も教えてくれない」という。
請求書渡すのはみな同じタイミングなので、わからなかったら隣りの営業に聞けばよいじゃないか。私は毎月請求書出して引き出しに入れたら全員に「請求書出てるのでチェックお願いします」と声をかける。おじさんたちは持参する分を抜いて残りは送って、と私に返してくる。そのやりとりの場にB氏もいるのである。


先月分の請求書をいくつかB氏から回収して郵送したのだが、その相手から何件○月分の請求書もらってませんと連絡が入って謝り倒して再発行して送って、を繰り返したかわからない。
営業所の所長に、まだ残ってるのがあるなら全部返してほしいと言って確認してもらったが、本人はもう全部渡した、残りはないと言い張っていた。
(なのにその日も届けてない電話がきたという)

新卒の18、9の若い子なら、何も知らなくて当然、どうしていいかわからなくて当然だからある程度周りも声をかけたり教えたりするだろう。
40近くにもなって、それなりに社会人として生きてきたはずの大人に、誰が1から教えるというのか。新しい仕事でわからないことだらけなのはみんな一緒だ。恥ずかしいかもしれないけど、逆に入りたてなら知らなくても許されることはあるのだから、どんどん聞いて知識をつければいい。
なのに、二言目には「僕だけ1人だから」なのである。

…時間も神経も使ってサポートしてきた俺の立場な?(笑)

というわけで、昨日は朝から社長やら取締役やら経理部長やらが来てB氏を追及する会(何)を開催しており、結果届けてない請求書は自宅に置いてあると白状したらしく、社長は血管切れそうなほど怒りまくって、事務所に戻っても興奮が収まらず怒鳴り散らし私まで責められ(あれ以上どうしろと!!)本当にぐったりしたのである。
しかしB氏本人から、迷惑かけてすみません的な言葉はまったくない。

ふざけるな。
いい大人が、言い訳ばかり並べて嫌なことを全部先延ばしした結果だよ。

私怨も含めて(笑)、この1年あまりの努力を蔑ろにされた気がして、B氏を背中から蹴り倒したい気持ちでいっぱいの週末であった。
(たぶん私の脚力では蹴り倒せないが)

専門医

先週、東京旅から帰宅したら、予想通り精密検査の結果と紹介状が届いていた。
結果通知には「橋本病の疑い」があるので専門医を受診しそちらでしっかり経過観察してもらってください的なコメントが。
お盆休み中は病院もやっていなかったので、本日書類とこれまでの健診結果ファイルを抱えて受診。

まったく知らない内科医、内分泌科も標榜してるけどHP見る限りどうやらメインは糖尿、紹介写真のDr.はちょっと強面…ということで若干ビビりながら18時過ぎに病院のドアを開けると、待合室にはスーツ姿の男女合わせて10人ほど。
え?そんなに待ってる??
と怯んだが、どうやら製薬会社のプロパーがDr.との面会待ちをしていたらしい。

さほど待つことなく、検尿ののち問診。
健診センターから今年のデータを出してくれているので、血液検査も画像診断もなし。 
血液検査はちょっと足りない(項目もある)けど、甲状腺の血液検査高いから今回はいいよ、となんとも良心的。
ざっくり状況を説明してくれ、こちらの疑問点(ここ2〜3年急にLDL値が上がっていることなど)もちゃんと聞いて、ユーモア交えて説明してくれる。
なにより、Dr.がカルテやパソコンではなくこちら(患者側)に向き直って話してくれる。
近いというだけで選んだけど、いいDr.に当たったかも〜♡


結論からいうとやはり橋本病。
しかし、甲状腺の腫れ以外に症状は出ていないはず(数値的に)なので、大きな変化がなければ1年後の再診でよい。
橋本病は夏場は安定しているが冬に悪化することが多いので気を付けて。
コレステロール値が高いのは食事とはほとんど無関係、体質的にもともと高い上におそらく更年期で女性ホルモンが低下している影響。
来年の健診ではもっと上がるかも。
こちらは症状が出てからでは遅いので、いずれは投薬治療を検討したほうがよいかもしれない。


ということで、病名は付いたけど特に病気ではなさそうな、ちょっと不思議な感じ。

1年後なら健診センター扱いと同じじゃないの?と思うけれど、健診センターは病気の可能性を伝えるのが仕事で診断を下すのは専門医ってことかなぁ。
精密検査のときのDr.にはあれこれ脅されたけど(しこりがあるとか、輪郭がぼやけているとか)、今日のDr.からは無問題!とお墨付きをいただいたので、安直にそちらを信じて、それなりに体調変化に気を配りつつ、基本的にはこれまでと変わらずに日々を過ごしていこう、と思う次第。